公益財団法人かずさDNA研究所、ゲノム事業推進部 遺伝子構造解析グループのグループ長・主任研究員の長谷川嘉則先生にお話を伺いました。
長谷川先生は、新潟大学理学部在学中は、クロサンショウウオの求愛方法や、卵のうの水中における受精能力保持についての研究、広島大学大学院理学研究科ではカエルのオスがメスにアピールをする鳴き声の地域による方言について研究をされていたという大変ユニークなご経歴をお持ちです。
「両生類の研究も現職での研究も、未解明な分野をサイエンスで探求していくという意味では共通しています。何か新しいことを発見、また、その原因を解明するために、違う分野の研究に携わっていたからこそ、色々な方面から手法を考えることができる。
それが今では非常に良かったなと思っております。」
公益財団法人かずさDNA研究所
ゲノム事業推進部 遺伝子構造解析グループのグループ長 主任研究員
理学博士 長谷川嘉則(はせがわ・よしのり)
1999年、広島大学大学院理学研究科博士課程修了、博士(理学)。愛媛大学工学部、理化学研究所ゲノム科学総合研究センター、藤田保健衛生大学総合医科学研究所を経て、2009年にかずさDNA研究所に入所。2021年4月から現職。
Q:かずさDNA研究所について教えてください。
かずさDNA研究所は、1994年に「DNA研究を通して、医療や農業、産業や教育の分野で幅広く社会に貢献すること」を目指したDNA
の専門研究機関として開所しました。本研究所は、国ではなく千葉県が支援するというユニークな研究所で、開所以来、極めて短期間で「植物」や「ヒト」のDNA 研究において、多くの世界的な研究成果をあげております。特に、2000年に高等植物としては初めてシロイヌナズナの全ゲノムを解読したことで知られています。
Q : 先生の所属されているゲノム事業推進部ではどのような研究をされていますか?
ゲノム事業推進部は、植物DNA 解析グループ、生体分子解析グループ、臨床オミックス解析グループ、そして私が所属する遺伝子構造解析グループという4グループから成っています。研究内容は様々で、農業の発展のために数多くの植物の品種改良を目的とした全ゲノム解読プロジェクトの実施や、最近では「マルチオミックス解析」に焦点を当てた研究を手掛けています。
Q :「マルチオミックス解析」について教えて頂けますか?
「マルチオミックス解析」は、オミックス解析の中でも複数のオミックスを横断して行う解析のことをいいます。もう少し具体的に申し上げますと、1つのサンプルに対するゲノミクス、トランスクリプトミクス、また、プロテオミクスに追加してメタボロミクス/リピドミクス等代謝物の解析、各階層のオミックス解析を複合的に行い、単独のオミックス解析に加えて各階層との関係性を解析するものです。
マルチオミックス解析によって、1つのオミックス解析では見えなかった情報を得ることができ、病気や症状の原因、予測や治療など、ヒトの病気の解明を含めて様々なことに応用されています。
当研究所では、これまでに培ってきた解析技術やノウハウを活かして、基礎研究のみならず臨床や産業の現場でオミックス解析を実際に活用していただくためのさまざまな支援活動を展開しています。例えば、難治性の疾患に対する治療法について大学病院の先生方と共同研究を実施し、その成果を製薬会社へ導出し、臨床試験へ進めるサポートもその一例です。
Q:ゲノム事業推進部では、他にどのような研究をされていますか?
研究の面では、先程お話した難治性疾患の治療法についての共同研究の他、私自身はヒト人工染色体を活用した研究と、当研究所の特許技術「新規部位特異的組換え酵素システム」を使った研究や、私たちが所有する高品質な遺伝子クローンを活用した研究なども進めています。
Q:具体的にはどのような研究でしょうか?
当研究所では、長鎖の完全長遺伝子をメインとした数万個のクローンを保有しています。それらを色々な組み合わせにして細胞に入れ、どのような働きをするか調べています。
例えば、ある細胞では遺伝子a、b、cが同時に発現していることが重要ですが、別の細胞ではa、b、cが順番に発現することが重要であったりと、遺伝子は組織やタイミングによって異なる働きをします。
遺伝子a、b、cが発現する細胞に、bの遺伝子を発現しないようにします。それにより病気の症状が出ることがあります。逆にbが発現しない状態の細胞にbを加えると、正常な状態に戻ります。このように、遺伝子の正常な働きと異常な働きを比較するために、特定の細胞にわざと変異を発現させたり、元々変異が発現しているものを正常な状態に戻したりすることで各遺伝子の機能を調べることができるのです。
このような研究結果が、今まで原因が解明できなかった病気の原因を解明していくうえで非常に有益であり、更には個別化医療にも役立っていくのではないかと期待しています。
Q:かずさDNA研究所では、受託解析も行っているということですが、どのようなサービスでしょうか?
実は、私どもの業務の7割~8割程度が受託解析です。
最近は解析用機器が高額で1億円以上する機器も多く、さらに高額の試薬が大量に必要となるため一大学や一研究者への負担が大きくなりますが、受託解析では多くのサンプルを一度に解析することができコストを抑えることが可能になります。
現在、解析をご依頼いただいている半数以上が大学で、医学部のみならず、農学部、理学部、工学部等からのご依頼もあります。
受託解析の納期は、メニューによって異なりますが通常は8週間程度で、特急で4週間や2週間というケースもあります。
私どもの受託解析は、大規模のものだけでなく、解析が困難なサンプルにも対応が可能です。例えば、DNAの分解が進んでいたり、サンプルが少量のため他の受託会社で対応できないような案件も、私どもでは知識と経験、技術を持って解析することが可能です。“かずさプライド”と私たちは呼んでいますが、プライドを持って受託解析を実施しています。
Q:MGI社の製品を選ばれた理由を教えていただければと思います。
他社製品に比べてコストパフォーマンスの良さが大きな理由です。
Q:データの品質についても教えていただけますか?
現在、MGI社の製品については、DNBSEQ-G400シーケンサーを導入しています。
それらの機器から得られるデータの品質は、他社と遜色ない、もしくは良いと思っています。私たちの“かずさプライド”に繋がる品質を重視した受託サービスの提供をするうえで、MGI社の機器には特に品質の面で貢献いただいています(笑)。
また、MGI社はDNBSEQ-G99という小型の機器も発売されたようですが、今後は中型のスペックの機器も開発していただけると嬉しいですね。昨今では一細胞(シングルセル)解析などのニーズに応じたアプリケーションも展開されてしているので、ぜひ続けて頂きたいと期待しています。
Q:先生ご自身もなにか新たな展開はございますか?
私も研究者として「若返るベニクラゲ」を研究しています。
ベニクラゲは、体長が5mmから1cmぐらいの小さなクラゲで、名前の由来は胃の所が赤く(紅色に)なる事からきています。このベニクラゲは、寿命近くになると体全体が団子状に凝縮して細胞が変化し新たにポリプを伸ばし若い体に生まれ変わります。この若返りが繰り返し起こることが証明されている生物は、多細胞動物の中でこのベニクラゲだけで、その若返りの機構を研究しています。ベニクラゲの若返り機構の解明を通して、一般的な細胞の再生や脱分化の理解につながり、ヒトの老化や健康寿命の増進の研究への応用へと繋がればと願い研究を進めています。
Q:将来の目標や達成されたいことがございましたら教えてください。
機器の価格が高騰し、操作も複雑になりとても大変ですが、研究所として及び研究グループとして、最新の知識のもと解析の受託サービス体制を保っていきたいと考えます。そのために最も大切なのは、私たちが持つ“かずさプライド”で、品質を高く保ち信用を得ることであり、受託だけではなくより多くの共同研究にも携わり、公益財団法人として皆様のお役に立っていきたいと考えます。そしてその中で、ベニクラゲの研究など、オリジナリティーのある研究も続けていければとも思っています。